平成16年度第1回見学会は、「実際にたどる死都日本」(現地見学会)コースでした。コースは、@山之口SA、A皇子原公園(露頭観察)、B田野の道の駅、C北郷フェニックス屋上、D飫肥城、E日南はまゆう病院を望むサンヒル日南、F鵜戸漁港、の7地点を巡った。
バスは宮崎自動車道に入り、第一のポイントである山之口SAで、著者である石黒氏から「ここで、黒木は、、、」という主人公の行動説明があった。
私は小説に書かれた黒木や、岩切君の行動を思い出しながら説明に聞き入っていたが、ふと妙な感じにとらわれることがあった。小説に書かれた行動を追体験すると言うことは不思議なことで、これと似たことに歴史上の人物の行動を追体験するイベントがある。例えば、坂本竜馬が脱藩し、土佐から出る時に通った峠を歩くとか。しかし死都日本の黒木、岩切両君はあくまで著者石黒氏の作り上げた小説の作中人物であった。SAで図を使って展開される説明は、紛れもない科学的な解説でありながら、ストリーは小説であるという不思議な、不思議なイベントであった。
山之口SAを出ると、天気がよいと右側車窓に高千穂峰の秀麗な山容が見えてくるのであるが、この日は水蒸気の多い空気のため、その姿は見えなかった。
写真−1’.霧島連山・高千穂の峰他
山之口SAより(撮影は12月)
皇子原から再度宮崎自動車道にのり田野へ向かい、田野ICで高速を降り、ここから県道日南高岡線に入った。このあたりからが、小説中では黒木、岩切君の難行苦行のところである。小説を読みながら、自分も作中人物となり「こちらに逃げればいいのに」と考えた所でもある。田野の道の駅で昼食となった。
道の駅からは火砕流に追われ大戸野越えを越え、日南市に向かう長い下り道となった。北郷フェニックスホテルでは、ホテルの屋上から眼下に広がる北郷から日南の地形と地質の説明があった。このあたりは、本会でも見学場所として来たことがあったので、会員のよく知る所であり、宮崎層群の基底礫岩の説明や傾斜した砂岩層、化石の説明をする会員の声が聞こえていた。
バスの中で石黒氏から「何か質問は」との問いかけがあり、死都日本の出版までの経緯を質問したところ、「出版までに4年4ヶ月かかった」と言う明快な答えが返ってきた。さらに同乗していた出版社の担当者から、死都日本の原稿がアウトライン投稿で、半年(?)編集局で眠っていた、という経緯も話された。
北郷の町を抜ける時、黒木、岩切君が逃げ込んだ日南線のトンネルの説明があった。単線の便数も少ないトンネルであるが、もっと有名になって、ほしいと思うトンネルである。
飫肥城では白壁の基礎に使われた凝灰岩の石垣を張り付くように見る一行を、観光客が珍しい物を見るように見ながら通りすぎていった。
おりしも日南飫肥を舞台にしたNHK朝ドラの波及効果か、多くの観光客があった。ここでは飫肥城大手門をバックに記念写真をパチリ。県外からの参加者は飫肥城見学で、県内参加者は土産物屋の物色や、渇いたのどをビールで潤す者もいた。
日が傾き始める頃、小説中ではマリ子さんの待つ病院(日南はまゆう病院)を遠望した。
続いて脱出の地、鵜戸港へ。鵜戸港では折しも満潮のため、先端部分しか見えない鬼の洗濯岩にカメラのフラッシュがひかり、ガイドの井村先生に対して、「なぜ、地層が海側に傾いているのか?」という、質問に先生からはプレートの動きを基本にした明快な答えが聞こえてきた。
見学はここが最終ポイントなので、今回の見学を企画した林先生から挨拶があり、参加者からはこれに答えた大きな拍手がわき起こった。
写真−10.鵜戸漁港地点
(レポート:高谷精二)